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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)97号 判決 1998年1月14日

大阪府東大阪市松原2丁目11番30号

原告

株式会社リーガル

代表者代表取締役

魚山義博

訴訟代理人弁護士

深井潔

同弁理士

辻本一義

大阪市東成区玉津1丁目9番28号

被告

東邦製鏡株式会社

代表者代表取締役

井上圭司

訴訟代理人弁護士

喜治榮一郎

大深忠延

斎藤英樹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第28114号事件について、平成9年2月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和62年10月2日、訴外株式会社丸加工芸(以下「丸加工芸」という。)から、意匠に係る物品を「肩掛けかばん」とし、その形態を別紙記載のとおりとする意匠登録第654321号意匠(昭和57年3月8日登録出願、昭和60年3月29日定登録、以下「本件意匠」という。)の意匠権を譲り受け、昭和63年1月25日、その旨の登録がされた。

原告は、平成7年12月28日、本件意匠につき無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成7年審判第28114号事件として審理したうえ、平成9年2月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月7日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)の主張した無効理由の1~3、すなわち、本件意匠がいわゆる冒認出願であること(無効理由1)、本件意匠がその出願前に公然知られていたこと(同2)、本件意匠に類似する意匠が本件意匠の出願前に公然実施されていたこと(同3)はいずれも理由のないものであるから、これらの理由によって、本件意匠が意匠法48条1項1号、3号の規定により無効とされるべきものとすることはできないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決は、審理手続上の瑕疵を有する(取消事由1)とともに、本件意匠が冒認出願であること(取消事由2)、本件意匠がその出願前に被告により公然実施されていたこと(取消事由3)、本件意匠に類似する甲号意匠が本件意匠の出願前に原告により公然実施されていたこと(取消事由4)を看過して、本件意匠の登録を無効としなかったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(審理手続上の瑕疵)

意匠法の規定によれば、審判長は答弁書を受理したときは、その副本を請求人に送達しなければならない(意匠法52条、特許法134条3項)。ところが、本件審判事件にあっては、被告(被請求人)が審判手続に際し提出した答弁書は、審決の前後を問わず原告(請求人)に送達されておらず、原告は、被告が審判手続に際し主張・立証した内容を、審決書の記載から伺い知るのみである。

したがって、本件審決は、原告が被告の主張・立証を知る機会を得ることなく行われたものであって、手続的に極めて不公平かつ不可解であり、前記意匠法の規定にも違反してなされた違法なものである。

2  取消事由2(無効理由1-冒認出願)

審決は、本件意匠の創作者が、願書に記載された鷲野道雄ではなく、被請求人(被告)の代表者井上であることを明らかにする証拠はなく、本件意匠権に基づく侵害訴訟である大阪地方裁判所平成6年(ワ)第7400号損害賠償等請求事件(以下「別件訴訟」という。)における被請求人(別件訴訟原告、本訴被告)代表者井上圭司(以下「井上」という。)の本人尋問調書(審決甲第4号証、本訴甲第5号証、以下「被告代表者尋問調書」という。)によっては、本件意匠がいわゆる冒認出願と断定することはできないと判断した(審決書8頁12~20行)が、誤りである。

井上が本件意匠の創作者である点については、前掲被告代表者尋問調書からも明らかであるし、審判請求人(原告)と被請求人(被告)との間で争いになっておらず、当事者双方が認めている事実である。したがって、本件意匠の創作者が井上であったにも関わらず、願書に鷲野道雄を創作者と記載したことは、明らかに冒認出願を裏付けるものであり、本件意匠は意匠法48条1項3号の規定により無効とされるべきものである。審決が、これに反して、上記のように判断したことは、極めて不可解といわなければならない。

3  取消事由3(無効理由2-本件意匠の公然実施)

被告が、本件意匠を実施した物品をその出願前に販売して公知となっていたことは明らかであり、本件意匠は意匠法3条1項1号に該当する。

この点につき、審決は、被告代表者尋問調書における、井上が本件意匠を実施した試作品を昭和57年1月ころから、展示カーに積んで北海道を回った旨の陳述内容は、相当年月前の事実について記憶のみに基づくものであって、後にこれを否定する陳述をし(井上作成の陳述書、審決甲第3号証、本訴甲第4号証、同乙第1号証)、さらに清瀬代栄が、同じくこれを否定する陳述をしている(審決乙第2号証)こと等を参酌すると、被告代表者尋問調書における井上の陳述は信憑性が弱いと判断した(審決書9頁4~16行)が、誤りである。

被告代表者尋問調書を精読すれば、井上が本件意匠を創作した経緯から発売に至る経緯を極めて具体的に詳述していることが明らかであり、同調書は極めて信憑性の高いものである。また、井上が後にその陳述書(審決甲第3号証、本訴甲第4号証、同乙第1号証)において被告代表者尋問調書での供述を覆したことは、原告が本件意匠の登録に対し、井上の供述を根拠に無効審判請求を行った事実を知った後であるから、供述内容を否定したのは、本件意匠の登録を無効にされないための虚偽の行動であると考えられ、しかも、その供述を部分的に否定したにすぎない。

したがって、井上が本件意匠の出願前にそれを実施した見本品をバスに積み込んで北海道の多くの得意先に対し展示したことは、事実として認定されるべきであるから、本件意匠は、その出願前に公然知られた意匠というべきである。

4  取消事由4(無効理由3-類似意匠の公然実施)

本件意匠の出願前に、原告が本件意匠に類似ずる意匠を実施した物品を販売したことによって、この類似する意匠が公知となっていたことは明らかであり、本件意匠は意匠法3条1項3号に該当する。

すなわち、原告(請求人)は、審判手続において、本件意匠の出願前に販売され公知になった物品を撮影した写真(審決甲第6号、本訴甲第6号証、以下そこに写された物品を「甲号物品」といい、その意匠を「甲号意匠」という。)及び甲号物品を原告が本件意匠出願前、昭和57年2月ころに自ら販売したことを示す各証拠(審決甲第7~第24号証、本訴甲第7~第24号証、ただし、本訴甲第18号証は欠番、以下同じ。)を提出し、本件意匠に類似する甲号意匠が本件意匠の出願前に公知になった旨を主張した。

これに対し、審決は、これらの各証拠をもってしても、甲号意匠が本件意匠の出願前に公知になったと証明することはできないと判断したが、前記各証拠は十分に信用できるものであり、この点を看過した審決は明らかに誤りである。

例えば、審決は、「甲第23号証及び甲第24号証は、『川瀬商会及び塚本商店に関する請求人の加工台帳の写し』であるが、請求の理由に記載の証明しようとする内容と結びついているのは、日付と商店名のみであって、商品名『レザーショルダー熊』に関する記載は一切見いだせず、証明しようとする具体的事実を何ら特定できないもので証拠として採用することができない。」(審決書13頁16行~14頁3行)と判断するが、上記甲第23、第24号証(本訴甲第23、第24号証)は、原告が甲号物品である「レザーショルダー熊」を製造するために用いた抜型と高周波金型の制作状態を示すものであり、他の証拠と併せ考えれば、原告が本件意匠の出願前より甲号物品の製造に着手していたことは明らかに認定できるのであって、審決の上記判断は誤りである。

また、審決では、「証明しようとする具体的事実を何ら特定できない」としているが、不明確な点があれば、請求人(原告)がその代表者魚山義博(以下「魚山」という。)の尋問を請求していたのであるから、当事者尋問を行うべきであり、審決がこの当事者尋問を採用することなく前記のような判断をしたのは、明らかに審理不尽というべきである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

本件審判手続において、仮に被請求人(被告)提出に係る答弁書副本が請求人(原告)に送達されなかったとしても、その手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるから、審決には取り消されるべき程度の違法があったとはいえない。

すなわち、請求人(原告)は、審判請求書及び審判請求理由補充書を提出して、本件意匠の無効理由を述べ、その主張を証明するための証拠の提出を完了している。他方、被請求人(被告)は、平成8年3月29日付け及び同年9月4日付けの答弁書を提出したが、当該答弁書は、請求人(原告)主張の無効理由に逐一反論したもので、原告にとって不意打ちとなるような新しい争点について論じたものではない。

しかも、原告は、審理終結通知を受けたことにより、当事者双方の主張・争点が明確となって、審判長が審決をするに熟したと判断したことを知り、答弁書提出の有無を知る機会があったものである。

したがって、審決には、取り消されるべき程度の違法性は認められない。

2  取消事由2について

被告は、本件意匠の真実の創作者が被告代表者井上であると主張するものであり、井上も別件訴訟においてその創作の経緯を供述したにすぎない。そして、井上は、創作者として本件意匠の意匠登録を受ける権利を原始取得したところ(意匠法3条1項)、同人は、取引先であった丸加工芸の社長鷲野道雄に対し、同社が本件意匠の意匠登録出願を行うことに同意を与えた。

したがって、丸加工芸は、井上から本件意匠の意匠登録を受ける権利を正当に承継し、意匠登録出願したものであるから、本件意匠は意匠法48条1項3号に規定する冒認出願には該当せず、同規定によってその登録を無効とすることはできない。

3  取消事由3について

被告が、本件意匠の出願前に本件意匠の見本品を得意先に展示した事実はなく、井上が、別件訴訟において、昭和57年1月から1か月ほど本件意匠の試作品を積み込んだ展示バスで北海道の得意先回りをしたと供述したことは、記憶違いによるものである。

すなわち、昭和57年度の北海道の得意先回りは、同年1月6日から2月6日までの1か月間であり、これを行ったのは、専務の清瀬、従業員の山内、坂東の3名であった。この点は、当時の出張精算書(乙第3号証)、ホテル宿泊領収書(乙第4、第5号証)から明らかである。井上は、昭和56年秋から昭和58年春にかけて本社ビル建築の準備等のため多忙であり、例年の北海道の得意先回りに参加できなかったし、また、昭和57年1月当時、試作品は完成していたが、展示バスに積み込むには至らなかったものである。

原告は、被告代表者の記憶違いの点を殊更強調し、その弁解は信用できないとするが、井上は、例年1月に被告商品を車に積み込んで北海道の得意先回りをすることから、昭和56年10月ころ本件意匠の試作品を作っているので、昭和57年1月にもこれを積み込んでいたと誤信して供述したにすぎない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書9頁4行~10頁1行)に、誤りはない。

4  取消事由4について

原告が、自ら本件意匠の類似意匠である甲号意匠を公然実施して販売していたことを立証するために提出した証拠類は、いずれも信用性を欠くか、あるいは関連性を欠くものである。また、原告代表者魚山の別件訴訟での本人尋問調書(審決甲第14号証、本訴甲第14号証、以下「原告代表者尋問調書」という。)によれば、同人は、創作に到る経緯や販売状況についてほとんど具体的な供述を行っておらず、同人の尋問を採用するまでもないことである。

原告が審判で提出した甲第23、第24号証(本訴甲第23、第24号証)も、その体裁からは「レザーショルダー熊」を製造するために用いたものと判別できず、これらの書証は、手書きの帳簿であるから後日作成可能なものであり、他に納品書、請求書等の添付もなく、信用性及び関連性に乏しいものである。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁3行~14頁14行)には、誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(審理手続上の瑕疵)について

意匠法52条が準用する特許法134条1項は、「審判長は、審判の請求があったときは、請求書の副本を被請求人に送達し、相当の期間を指定して、答弁書を提出する機会を与えなければならない。」と規定し、この規定は、審判請求書の副本を被請求人に送達することを審判長に義務付けることにより、審判請求に対し被請求人が防御権を行使する機会を保障する趣旨のものであると認められる。そして、同条1項の規定を受けた同条3項は、「審判長は、第1項の答弁書・・・を受理したときは、その副本を請求人に送達しなければならない。」と規定し、この規定は、被請求人から提出された答弁書の副本を請求人に送達することを審判長に義務付けることにより、審判請求に対する被請求人の主張を請求人に知らせる趣旨のものと解されるが、1項の場合と異なり、請求人に答弁書における被請求人の主張に対する再反論、再立証の機会を必ず保障する趣旨のものと認めることはできない。なぜなら、請求人の主張は既に審判請求書等において述べられ、その主張を立証するための証拠を提出する機会も与えられているものであり、答弁書記載の被請求人の主張が、これに対し請求人が新たに反論し、立証の必要のない場合もあるのであるから、このような場合、審判長は、請求人の主張立証と被請求人の答弁によって結論を出すのに熟したと判断すれば、審理を終結することになるのであって、請求人の再反論、再立証を待つ必要はないものといえるからである。

本件の無効審判手続においても、原告(請求人)が、審判請求書及び審判請求理由補充書を提出して、本件意匠の無効理由を述べ、その主張を証明するための証拠として甲第1~第24号証を提出していることは、当事者間に争いがなく、他方、被告(被請求人)は、平成8年3月29日付け及び同年9月4日付けの答弁書(本訴乙第11、第12号証)を提出したが、これらの答弁書は、原告主張の無効理由に反論したものであって、原告にとって不意打ちとなるような新しい争点を論じたものではないものと認められる。しかも、原告は、本件審判手続において答弁書の送達を受けなかったことにより、どのような防御権を実質的に侵害されたかを主張するものではない。

以上の事実に照らせば、本件の無効審判手続において、仮に、審判長が答弁書の副本を原告(請求人)に送達しなかったとしても、その審判手続における瑕疵は、原告の防御権を実質的に侵害するものではなく、その瑕疵が審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるから、審決にはこれを取り消すべき審理手続上の瑕疵はないものといわなければならず、この点に関する原告の主張は採用できない。

2  取消事由2(無効理由1-冒認出願)について

意匠登録の無効審判の請求事由として、意匠法48条1項3号は、「その意匠登録が意匠の創作をした者でない者であってその意匠について意匠登録を受ける権利を承継しないものの意匠登録出願に対してされたとき。」と規定しており、意匠の創作者からの権利を承継しないものの意匠登録出願を、いわゆる冒認出願として意匠登録の無効事由としているが、このことの反対解釈によれば、意匠を受ける権利を当該意匠の創作者から適法に承継した者であれば、願書に真の創作者でない者を創作者として記載して意匠登録を取得した場合であっても、その違法性は意匠登録を無効とするに足りる程度のものではなく、冒認出願としての登録無効事由には該当しないものと解される。

本件において、本件意匠の真実の創作者が被告代表者井上であることは、当事者間に争いがなく、井上は、創作者として本件意匠の意匠登録を受ける権利を取得したものと認められるところ、被告代表者尋問調書(甲第5号証)、井上の陳述書(甲第4号証、乙第1号証)及び弁論の全趣旨によれば、同人は、取引先であった丸加工芸の社長鷲野道雄に対し、上記鷲野を本件意匠の創作者として同社が本件意匠の意匠登録出願を行うことに同意を与えたものと認められる。

したがって、丸加工芸は、本件意匠の創作者である井上から本件意匠の意匠登録を受ける権利を正当に承継し、創作者を上記鷲野として意匠登録出願をしたものであるから、本件意匠は意匠法48条1項3号に規定する冒認出願には該当せず、同規定によって本件意匠を無効とすることはできないものというべきである。

そうすると、審決が、本件意匠の創作者が井上であることを明らかにする証拠がないと認定した(審決書8頁15~18行)ことは誤りといわなければならないが、結論として、冒認出願を理由に本件意匠を無効とすることはできないと判断した(審決書9頁1~2行)ことに、誤りはない。

3  取消事由3(無効理由2-本件意匠の公然実施)について

井上作成の平成8年3月8日付け陳述書(甲第4号証、乙第1号証)及び清瀬代栄作成の陳述書(乙第2号証)、出張精算書(乙第3号証)、領収書(乙第4、第5号証)によれば、被告会社の専務取締役である清瀬代栄と従業員の山内、坂東の3名は、昭和57年1月6日から2月6日までの1か月間、北海道に長期出張して得意先回りを行い、同年1月22日には網走郡美幌町のホテルに、同月27日には阿寒郡阿寒町のホテルにそれぞれ宿泊したものと認められ、他方、井上は、昭和56年秋から昭和58年春にかけて本社ビル新築工事の準備等のため多忙で、例年の北海道の得意先回りに参加できなかったものと認められる。そして、これらの事実に照らせば、井上が、平成7年12月19日、別件訴訟において、昭和57年1月から1か月ほど本件意匠の試作品を積み込んだ展示バスで北海道の得意先回りをしたと供述したことは、年月の経過も考慮すれば、同人の記憶違いによるものと推測するのが相当であり、この供述部分のみによって、本件意匠の試作品が秘匿義務を負わない一般第三者たる不特定又は多数者に現実に知られた状態に置かれたことを認めることは、いまだできないものといわなければならない。

したがって、審決が、被告代表者尋問調書における井上の陳述は信憑性が弱く、これのみをもって本件意匠がその出願前に公然知られていたと認めることはできないと判断した(審決書9頁4~19行)ことに、原告主張の誤りはないというべきである。

4  取消事由4(類似意匠の公然実施)について

原告は、本件意匠に類似する甲号意匠を実施した甲号物品(甲第6号証)を、昭和57年2月ころから自ら販売した旨を主張する。

しかし、原告代表者尋問調書(甲第14号証)及び原告会社の取引先である株式会社大協カトウ商会の常務取締役作成の証明書(甲第15号証)によれば、原告が、昭和57年ころから「熊ポシェット」又は「レザーショルダー熊」などの商品名で販売していた、熊の顔を大きく形成しその下部に胴部と足部を設けた様式の肩掛けかばんは、昭和60年ころにその形態が変更されたことが明らかであり、甲号物品は、その変更後のものであると認められる。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の上記主張は採用することができず、審決が、「請求人が本件登録意匠の出願前に販売したことにより公知になった物品の写真(甲第6号証)の意匠と本件登録意匠との類否について判断するまでもなく、これらの証拠を以て、本件登録意匠がその出願前に公然知られていたと認めることはできず、この理由をもって、本件登録意匠を無効とすべきものとすることはできない。」(審決書14頁8~14行)と判断したことに、誤りはない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用し、平成9年11月26日に終結した口頭弁論に基づき、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

別紙

<省略>

平成7年審判第28114号

審決

大阪府東大阪市松原2丁目11番30号

請求人 株式会社 リーガル

大阪府大阪市中央区谷町9丁目1番22号 NK谷町ビル13階 辻本特許事務所

代理人弁理士 辻本一義

大阪市東成区玉津1丁目9番28号

被請求人 東邦製鏡 株式会社

大阪府大阪市中央区日本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 鎌田文二

大阪府大阪市中央区目本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 東尾正博

大阪府大阪市中央区日本橋1丁目18番12号 鎌田特許事務所

代理人弁理士 鳥居和久

上記当事者間の登録第654321号意匠「肩掛けかばん」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

第一 請求の趣旨及び理由

請求人は、登録第654321号意匠(以下、本件登録意匠という)の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める、と申し立て、その理由として審判請求書及び理由補充書の記載の通りの主張をし、証拠方法として、甲第1号証乃至甲第22号証の書証を提出した。

その主張の要点は、これを整理すると本件意匠登録は、以下の各理由によりその登録は、無効とされるべきとするものである。

1 本件登録意匠は、意匠の創作をした者でない者であって意匠登録を受ける権利を承継していない者の出願に係るものであるから、意匠法第48条第1項第3号により意匠登録を無効とすべきである。

大阪地方裁判所での権利侵害訴訟(平成6年(ワ)第7400号損害賠償等請求事件)の本人尋問で、井上圭司(本件登録意匠の権利者の代表者 被請求人の代表者)は、「創作者は自分(井上)であって、意匠公報に創作者として掲載されている鷲野道雄は創作に関与していなかった。」と陳述した。

よって、本件登録意匠は、意匠の創作を受ける権利を承継していないものの出願に係るものであることが明らかである。

として、これの証拠として、甲第4号証(当該尋問に係る本人調書の写し)を提出した。

2 本件登録意匠は、出願前に日本国内において、公然知られ、意匠法第3条第1項第1号により意匠登録を受けることができないものであるから、同法第48条第1項第1号によっても意匠登録を無効とすべきである。

大阪地方裁判所での権利侵害訴訟(平成6年(ワ)第7400号損害賠償等請求事件)の本人尋問で、井上圭司(本件登録意匠の権利者の代表者 被請求人の代表者)は、「昭和56年10月に自分がデザインして見本を完成させ、昭和57年1月に自動車に積み込み、北海道の得意先小売店100社~150社に営業に回り、見本を見せて回った。」との陳述をした。

よって、出願前に日本国内において不特定多数のものに見られ、公然知られ、意匠法第3条第1項第1号により意匠登録を受けることができないものであることが明らかである、として、この証拠として、甲第4号証(当該尋問に係る本人調書の写し)を提出した。

3 請求人が販売した物品(甲第6号証)が本件登録意匠の出願前に販売され公知となっていたことは明らかであり、本件登録意匠は、意匠法第3条第1項第3号に該当し、同法48条第1項第1号によって意匠登録を無効にすべきである。

この証拠として、甲第6号証~第14号証を提出し、さらに、請求人が販売した「レザーショルダー熊」が、本件登録出願前に販売されていた事実を明確にするとして審判請求理由補充書で、甲第15号証~24号証を提出した。

第2 答弁の趣旨及び理由

被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由として答弁書に記載のとおりの反論をし、証拠方法として乙第1号証及び乙第10号証の書証を提出したものである。

その反論の要点は、これを整理すると以下の通りである。

1 無効理由1について

当事者尋問における井上の証言は、本件の真実の創作者が井上社長本人であること認めたものであるにすぎない。

本件意匠の意匠登録出願人は、株式会社丸加工芸(以下、単に「丸加工芸」という)であるが、上記の井上証言から、直ちに井上社長に無断で丸加工芸が冒認出願した、と解することはできない。

本件意匠は、証言のとおり、井上社長の創作に係るものであるから、井上社長は、創作者として本件意匠の意匠登録を受ける権利を原始取得している。従って、丸加工芸は井上社長の同意を得た上で本件意匠登録出願をした事実が、侵害訴訟の井上陳述書及び上記の井上証言によって明らかにされている(甲第3号証、甲第4号証)。

従って丸加工芸は、井上社長から本件意匠登録を受ける権利を承継して意匠登録したのであるから、本件意匠は意匠法第48条第1項第3号に、該当せず、同規定によってその登録を無効とすることはできない。

2 無効理由2について

井上証言は、同人の単なる記憶違いによるものにすぎず、このような出願前公知の事実はない。即ち、この井上証言後の被請求人による調査の結果、昭和57年1月に北海道の得意先回りをしたのは、被請求人会社の専務である清瀬代栄であって、新人の営業員であった山内明利、板東好成の2名が同行し、井上社長は参加していなかったこと、また、このとき本件意匠の試作品は持参していなかったことが明らかになっている(乙第1号証乃至乙第5号証)。

したがって、本件意匠は出願前公然知られたものではない。

3 無効理由3について

(1)請求人等が本件意匠の出願前に本件意匠に類似する意匠に係る「肩掛けかばん」(甲第6号証に示す意匠の肩掛けかばん、以下「請求人物品」という)を製造販売していた事実はなく、請求人の主張は失当である。とし、(2)請求人代表者による意匠の創作事実のないこと、(3)加工委託先の加工事実のないこと、(4)請求人から大協カトウ商会への販売事実がないこと、(5)大協カトウから小売店への販売事実がないこと、(6)請求人物品の形態の変更について、等の反論をし、証拠として乙第6号証~第10号証を提出した。

第三 当審の判断

1 本件登録意匠

本件登録意匠は、昭和57年3月8日の意匠登録出願に係り、昭和60年3月29日に意匠登録第654321号として意匠権の設定の登録があったもので、その願書の記載及び願書に添付した図面代用写真によれば、意匠に係る物品が「肩掛けかばん」であって、その形態は、別紙のとおりのものである。

2 無効理由の検討

請求人が主張する無効理由は、上記の1乃至3であるが、以下その当否について検討する。

(1)無効理由の1について

本件の意匠権は、当該願書及び意匠登録原簿の登録事項の記載によれば、創作者鷲野道雄、意匠登録出願人株式会社丸加工芸として意匠登録出願され、同社を意匠権者として、昭和60年3月29日に意匠権の設定の登録がなされ、その後昭和63年1月5日その意匠権は、被請求人東邦製鏡株式会社に意匠権の移転登録がなされているものである。

ところで、本人尋問調書(甲第4号証)の当該個所に記載の内容は、本件登録意匠の創作の経緯、及び出願人の決定、出願後の約束等について被請求人が疎明しているものであるが、この疎明以外には、本件登録意匠の創作者が、願書に記載された鷲野道雄でなく、井上圭司であることを明らかにする証拠はなく、甲第4号証のみによって、本願登録意匠がいわゆる冒認出願であると断定することはできないから、請求人の主張は、当を得ないものと言うほかなく、この理由を以て、本件意匠登録を無効とすべきものとすることはできない。

(2)無効理由の2について

請求人がその証拠として挙げるところのもの(甲第4号証)はすべて被請求人の大阪地裁の尋問調書に現されている主張のみであって、甲第4号証においては、本件登録意匠の試作品を昭和57年1月くらいから、展示カーに積んで北海道をずっと回ったことを陳述しているものの、その陳述内容は、相当年月前の事実について井上圭司の記憶のみに基づいて疎明しているものであって、後にこれを否定する陳述をなし(乙第1号証)、さらに清瀬代栄が、同じくこれを否定する陳述(乙第2号証)をしていること等を参酌すると、甲第4号証における井上圭司の陳述は、信憑性の弱いものと言う他なく、これのみを以て、本件登録意匠がその出願前に公然知られていたと認めることはできず、この理由を以て、本件意匠登録を無効とすべきものとすることはできない。

従って、この理由を以て、本件意匠登録を無効とすべきものとすることはできない。

(3)無効理由の3について

請求人が本件登録意匠の出願前に販売したことにより公知になった物品の写真として甲第6号証を提出している。

甲第7号証、及び甲第10号証は、請求人の加工委託先のタイホー産業が請求人物品、即ち甲第6号証の写真と同一の写真を「熊ポシェット」と称し、本件意匠の出願前である、昭和57年2月3日に、請求人に多数納入した旨を証するものである。しかし、タイホー産業は、その後、「これら証明書が請求人の依頼によって、請求人が一方的に作成したものに署名捺印したものであって、且つ、自社には古い事で有り証明する書類等がない」旨を自ら述べ(乙第7号証)ていることから、その証明の内容は極めて信憑性がないと言わざるを得ない。

甲第8号証は、青山観光株式会社が、請求人物品、即ち甲第6号証の写真と同一の写真を「レザーショルダー熊」と称し、本件意匠の出願前である、昭和57年2月から、株式会社大協カトウ商会より仕入れて販売している旨を証する。しかし、その後、侵害訴訟における、関係書類の送付の嘱託に対して「何分古い帳簿にして見当たらない」旨(乙第9号証)述べておりこの証明書の証明の内容は信憑性がないと言わざるを得ない。

甲第9号証及び甲第12号証は、宮城産業株式会社が、請求人物品、即ち甲第6号証の写真と同一の写真を「レザーショルダー熊」と称し、本件意匠の出願前である、昭和57年2月から、株式会社大協カトウ商会より仕入れて販売している旨証する。また、同証明書で、当初から現在まで「レザーショルダー熊」の名称で仕入れ且つ販売した商品の形態は販売を開始した当初から現在まで、全く変わらない旨を証するが、本証明書は請求人ではない株式会社大協カトウ商会と宮城産業株式会社間の取引関係についてのものであって、この証明によって直ちに請求人の商品が本件意匠登録の出願前に公知であったとすることはできない。けだし、甲第15号証で、株式会社大協カトウ商会の常務取締役近藤勝正が昭和57年2月頃より請求人の「レザーショルダー熊」を販売商品の一部として扱っていたことを証明書に記しているが、添付写真の該当商品番号のもとには2種類の商品が掲載されており、どちらの商品も商品名「レザーショルダー熊」であって、「同写真における上の商品が最初に扱った」と述べているところのものは、甲第6号証と同一の意匠ではなく、且つ、相当年月前の事実について記憶に基づいて疎明しているものであって、また、その商品番号自体に変更があり、よって、これらを参酌すると、証明対象が特定せず、信憑性の極めて弱いるのと言う他ない。なお、甲第19号証乃至甲第22号証は、「レザーショルダークマ」の商品番号の変更の経緯を証するものであるが、いづれも本件登録意匠の登録設定後の日付のものであって、証拠として採用するに根拠がないといわざるを得ない。

その他の証拠(甲第10号証~甲第14号証、及び甲第18号証)は、請求人の意匠(甲第6号証)と同一の意匠に関する証明と認識できる内容の記載がないものである。けだし、これらは、その内容が「クマポシェット」「レザーショルダークマ」「熊ポシェット」等の商品名のものの取引状態に関するものであるが、これら商品名を有する商品と甲第6号証の示す商品が同一であること示す確かな証拠がなく、且つ、商品名自体も多種類にわたり特定できる名称を有さないものであって、証明対象自体が特定せず、物的証拠としては採用することができず、また、補強証拠としても採用できない。

なお、甲第19号証乃至甲第22号証は、「レザーショルダークマ」の商品番号の変更の経緯を証するものであるが、いずれも本件登録意匠の登録設定後の日付のものであって、証拠として採用するに根拠がないといわざるを得ない。

また、甲第23号証及び甲第24号証は、「川瀬商会及び塚本商店に関する請求人の加工台帳の写し」であるが、請求の理由に記載の証明しようとする内容と結びついていうのは、日付と商店名のみであって、商品名「レザーショルダー熊」に関する記載は一切見いだせず、証明しようとする具体的事実を何ら特定できないもので証拠として採用することができない。

以上、これらのいずれをもってしても請求人の意匠(甲第6号証)が本件登録意匠の出願前に公知になったものであることを証明する確かな物的証拠とするものが存在しない。

従って、請求人が本件登録意匠の出願前に販売したことにより公知になった物品の写真(甲第6号証)の意匠と本件登録意匠との類否について判断するまでもなく、これらの証拠を以て、本件登録意匠がその出願前に公然知られていたと認めることはできず、この理由をもって、本件登録意匠を無効とすべきものとすることはできない。

3 結び

以上のとおりであって、請求人の主張する本件登録意匠を無効とすべき理由は、いずれも理由のないものであるから、その理由を以て本件意匠登録が意匠法第48条第1項第1号、同条同項第3号の規定により無効とされるべきものとすることは、できない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年2月17日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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